ちょっとウイスキーを その2
 さて、素面で早く書かなければ、また今日も仕事の打ち合わせがありますからね。
 どこまで書きましたっけ?ちょっと飲みながら書くと後が大変です。ああ、蒸留に関する部分ですね。このウイスキーが世界史市場に打って出るのは、ワインがそしてブランデーに、葡萄の不作により大打撃があった19世紀半ばののことのようです。葡萄の害虫のカイガラムシの仲間による被害で、ヨーロッパのワインが壊滅的な打撃を受け、アルコール飲料なら、何でも売れた時代に、モルトウイスキーだけでは足らない、これにグレンウイスキーを混ぜて、低級にしたら・・・なんと口当たりが良くなって、世界的な飲料になってしまうのですからちょっと変なものですね。
 さて、今のウイスキー業界の基礎は?どうも英国政府が音頭を取って有力企業とつるんで作った1877年の英国蒸留者協会(DCL)が発足に端を発すようです。そしてスコッチウイスキーの銘柄はホワイト・ラベル、ジョニー・ウォーカー、ブラック・アンド・ホワイト、ホワイト・ホース、ジョン・ヘイグの5大ブランドに統合されていったようです。何しろ、これらのブランドが市場の6割を独占するのですから、これらがウイスキーなんですかね?でも口当たりは良いですが、もっとどろどろとした味わいがないとね!
 さて、日本の代表的なウイスキーは?なんて方へ行ってしまいますね。そうなると、老舗はなんといっても寿屋?壽屋?まあこれですね。ここの山崎の工場で1924年ていうから大正13年ですね。この年に始めて製造されたようです。
 しかしウイスキーの製造開始って何をもって製造開始なんでしょうね?ちょっと気になります。だって、蒸留までの行程は数週間でしょ!そしてホワイトオークの樽で何年も熟成させないといけませんからね。ああ、寿屋がウイスキーとして発売したのは1929年だから昭和4年ですねサントリーウイスキー白札ってやつですね。うん!ホワイトもおいしいです。しかし、歴史的に面白いのは、日本のウイスキーの有力メーカーのサントリーとニッカですね。これってある意味同根なんですね。資本家の寿屋さんがグラスゴー大学に留学し、ウイスキー製造技術を学んだ竹鶴政孝氏を寿屋さんこと鳥居信治郎氏がサントリー山崎ディスティラリーで白札を作らせ、後に、この竹鶴氏がニッカをどういうわけか、北海道の余市で作るわけです。ニッカウヰスキーですね。ちょっと会社案内でも見てみましょう。ニッカウヰスキーってアサヒビールですね。しかし、ウイスキーをやっていた人間がなぜ?日本果汁株式会社なんて作ったのでしょうね?りんご酒を造ったり、そういえばニッカシードルなんか作っていますね、しかもここ10数年では?何にあこがれたのか?竹鶴さん?
 しかし、日本のウイスキーって水割り向きの軽いウィスキーですね。私なんかはあまり好きではありませんね。きわめて低価格のウイスキーで、バーボンを割るのに使ったりしていますね。ただ、近頃はサントリーの膳はストレートでよく飲んでいますね。
 ただ、ウイスキーのビンは捨てる時にかさばるし、重いのであまり好きではありませんね。
 ダメですね。お酒の話を、朝素面で書くなんて、やっぱりそのうち。飲んで気がむいたときにしましょうね!
 そういえば、金馬がゴールデンホースなんてブランドのウイスキーの宣伝をやっていましたっけ、ああいった小さなウイスキー製造メーカーはどうなったのでしょうね。あれも好きなブランドでしたがね・・・!どこだろう?東亜酒造かな?記憶が?・・・飲むと思い出すかもね。