人間の能力の差?
 なんとなく忙しくなってきましたね。しかし、忙しいって良いことです。いまさらながら、静電気対策のアース工事とかわけのわからない作業もしましたし、いろいろ忙しいものです。
 近頃、気になるのはどうも、世相に関することですね。どういったものに投資すべきか?とか、どういった人材が必要か?どういったものが有望か?まあそういったことです。
 よく言われますが、従来の価値観と違ったところで、より大きな価値が創造されているようなことを言いますが、どうなんでしょう?
 人間についていえば、毎日定時に出社して、きちんと勤務時間内または締め切りまでにきちんと仕事を終わらせる人間が需要ですね。これは、従来型の価値観で十分理解できますし、従来型の価値判断が正しいと間違いなくいえることでしょうね。
 しかし、近頃は、かなりとっぴな発想をすることが、良いとされることがありますね。目立てばよい!という感じのものですね。まあ、目立つことは他に秀でた部分がありますから、それ自体を否定するつもりはありませんが・・・
 でも、ただ目立つだけの行為で、実が伴わないときもありますから、こういったものは問題ですね。格好がすべてなんてちょっと空しいものがありますからね。
 以前もちょっと話題にしましたが、本物は?という問いに対しての答えを出していませんでしたね。それは、多分継続ということではないかと思います。どこまで貫けるか?そういったことでしょう。
 継続って単純なことですが、何であれ続けることは意外と困難ですからね。ちょうど、連勝記録のようなものですからね。継続はそれ自体が継続の原動力になりますが、継続が途切れたときは、再起のためには非常な努力が必要となります。
 人生の上での常勝なんてちょっと考えにくいですが、死からの勝利というのであれば、死ぬまで勝利しつづけているともいえますね。しかし、死を賭すだけの価値のあることを日々行っているかというと、ちょっとね。そういう生活は疲れますからね。
 でも、日々上昇志向のもとに戦っているのなら、いつの日か芽が出たって良いような気もしますね。でも、不思議なことに、上昇志向で日々戦っている人間って意外と少ないですね。というか、日々の生活に流されてているっていうのが多いのかもしれませんね。今日やればよいことを明日に伸ばすとか、そういったことです。
 そうはいっても、今日やるべきことを明日に伸ばしたことを罪の意識として受け取るうちは良いような気がします。いつの日か、まあ仕方ないなんて言うようになるのでしょうからね。諦めは一番良くないことのような気もします。
 さて、一番厄介なのが、人間に対する投資ですね。このところの不景気で、優秀な人材が巷に溢れているのでは?そんな気もしますね。某企業は、不況になると一流大学出の社員を募っていましたっけ。
 その企業の理念?によれば、少なくとも一流大学出の者は、マニュアルを読む能力があるから、マニュアルさえ与えておけば、一応勉強できる能力を有しているんですって!そして、大卒と高卒の差は、年代にして6年の差は確実にある!そうです。まあそうかもしれません、だって高校1年で挫折しても一応卒業は出来そうですからね。そして大学へ入り、卒業するとなると、中卒と大卒の差に近いということなんでしょうね。気分的には反対したい意見ですが、努力をしない高卒と、努力をあまりしなかった大卒の差は、同じ努力をしないというものを超えて差は歴然ですかね。まるで差別論者の言ですが、なんとなくそんな感じもしなくもないですね。誰かが、きっぱりと否定してくれるとありがたい気がします。